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宮山古墳

[2017年3月31日]

ID:1448

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宮山古墳

宮山古墳の写真1
宮山古墳の写真2

概要

巨勢山々塊の西北部に位置する宮山古墳は、西側丘尾を切断し、主軸をほぼ東西に向け、三段に構成された前方後円墳で全長238メートル、後円部径105メートル、前方部幅約110メートル、同部高約22メートル、クビレ部幅約75メートルを測る。周濠は全周を巡る盾形のものとみられ、北側の周堤に接してネコ塚古墳(一辺60メートルの方墳)という陪冢がある。

宮山古墳の主体部は、後円部に墳丘中軸をはさんで南北に2基の竪穴式石室が存在し、前方部にも多数の銅鏡が発見されたという施設の存在が知られている。

後円部南側石室は結晶片岩の小口積みによって成り、天井石に竜山石(たつやまいし・加古川市附近で出土する軟質の石材)を用いている。主軸と平行に築造されており、石室外部全面を厚さ約20センチメートルの粘土で被覆している。この石室のほぼ中央に竜山石の切石で造られた長持形石棺(※底石に4枚の側石のせ、蓋石をかぶせた石棺で、短辺の側石は長片の側石にはさまれる。五世紀代に長持形石棺を持つ古墳は、大王級の人物を被葬者としていると認識されている。)が遺存し全面に朱が塗られていた。

北側石室は未調査であるが、天井石として花崗岩製の縄掛突起を有する石材が認められる。この二つの埋葬施設は、構築に際して、当初より合葬を計画していたと考えられる。
後円部埋葬施設の各々周囲に、二重の方形に回る埴輪列が検出されており、南側石室の埴輪列のさらに南側に家形埴輪が5個体出土した。埴輪には靱、楯、蓋等の器材埴輪、革綴短甲形埴輪、草摺形埴輪、異形直弧文埴輪が認められている。

南側主体部は盗堀が著しかったが、出土遺物として神獣鏡片が十数片、三角板革綴短甲片約一領分、鉄剣及び直刀片多数、滑石製勾玉623個をはじめとする滑石製模造品や各種玉類などが挙げられ、当初の副葬品の豊富さが偲ばれる。なお埴輪などの遺物の一部は橿原考古学研究所附属博物館に常設展示されている。

宮山古墳は南葛城地域で最初に築造された大首長墓であり、しかも前期から中期に至る転換期の、五世紀前葉の時期にこの地域に出現する。このことについては、大きな政治的な意味を秘めているものとみられ、さらに本墳の築造を契機として、背後の巨勢山丘陵には総数800基にも及ぶ巨勢山古墳群が形成されていく状況に、大きな社会的変動を見ることができる。

いにしえの御所を尋ねて(改訂二版) 御所市教育委員会より

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