宮山古墳
- [公開日:2026年3月24日]
- ID:4529
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古墳
宮山古墳
古墳について
古墳時代中期前葉(5世紀初め)に築造された、墳長245m、後円部径153m、高さ24m、前方部幅約170m、高さ21mを誇る三段築成の前方後円墳で、国史跡に指定されています。
墳丘斜面には人頭大の石を葺き、段築平坦面には円筒埴輪列が樹立されていたと考えられます。また、北東の周堤に組み込まれた位置には一辺約60mの方墳であるネコ塚古墳が築造されており、宮山古墳と一体として築かれた陪冢と評価されています。
後円部にはさらにその上に円丘壇が造られ、2基の竪穴式石室が築造されています。後円部の竪穴式石室のうち、南側石室では昭和25年(1950)に発掘調査が実施されました。結晶片岩を積み上げて構築された竪穴式石室の規模は、全長5.51m、幅最大1.88m、高さ1.06mで、内部には最大長3.77m、最大幅1.47mの竜山石製長持形石棺が納められています。なお、石室内からは三角縁神獣鏡を含む青銅鏡片や、鉄製甲冑、鉄剣、玉類や石製模造品など豊富な副葬品が出土しました。
北側石室については発掘調査は行われていないものの、付近から朝鮮半島の加耶地域で作られた船形陶質土器が採集されており、被葬者と朝鮮半島との繋がりがうかがえます。

宮山古墳全景(北西から)

南側石室と長持形石棺

出土青銅鏡片・玉類※

船形陶質土器
石室上では、埴輪列の存在が確認されています。南側石室上では、円筒埴輪や形象埴輪が石室を囲むように方形に配置され、その内側、石室直上には大型の家形埴輪が3棟以上並べられていました。そのうちの1棟は、御所市極楽寺ヒビキ遺跡で見つかった大型建物跡と構造が類似しており、両遺跡の関係を考える上でも極めて重要です。
5世紀の葛城地域は、天皇家の外戚として権力を振るった豪族葛城氏の本拠地であり、宮山古墳は葛城氏の祖とされる葛城襲津彦の墓であると考えられています。

南石室上の埴輪列復原模型※

石室上の形象埴輪群※

大型家形埴輪※
(※の写真は奈良県立橿原考古学研究所附属博物館提供)
アクセス
所在地:御所市室
アクセス:コミュニティバス「室東口」下車徒歩5分
奈良交通バス「宮戸橋」下車徒歩12分
車:御所南ICより西へ5分。古墳南側の桜田池公園へ駐車し、徒歩5分。
トイレ:桜田池公園に観光トイレあり。
※公園は地域の方が駐車やスポーツ等で利用されています。駐車の際には安全に配慮しご利用ください。なお、防災倉庫と池への進入口(ロープ設置部分の前)は緊急車両等の作業場所となっておりますので、駐車しないでください。

